雪沼とその周辺

久しぶりに本のことも。久しぶりに何かを書きたくなる本だったから。

堀江敏幸さんの本は初めて読んだ。薦めてくれた友人に感謝。とても好みの本だった。

とても静かな、静かな小品が並ぶ連作短篇。ひとつひとつの物語は独立しているようでいて、「雪沼とその周辺」で緩やかに繋がっている。その読み味はまるでモノクロームの写真集のよう。雰囲気だけのインチキな写真ではない。静謐さのなかに豊潤な物語が立ち上がってくる、とても豊かで、身体の芯に染み込んでくるような、上等な写真集。

優れた写真が画像の奥行きに物語を孕むように、この小説では文字の連なりから美しい映像(のようなもの)が浮かび上がってくる。その優れて映像的、絵画的な表現力の高さに村上春樹を連想する人も多いかもしれない。しかし堀江さんには、村上とはまた異なる読み味がある。どちらも人の孤独について書いている。孤独であることを受け入れながらも丁寧に生きている人たちに対する、その丁寧さそのものに対する敬愛が、さまざまな「モノ」へのこだわりや生活の様式を通して語られる。しかしある種のポップさ、軽快さを持ち味とする村上に比べると、堀江さんが浮かび上がらせる情景には、もう少し枯れた印象がある(それこそブレッソンのモノクロ写真のように)。舞台が田舎であること、登場人物が老人たちであることも勿論その印象に影響しているだろう。しかしそれをおいてもなお、この読み味こそが堀江さんの持ち味なのだと思う。そして僕は、その独特な読み味がとても好みのようだ。

連作小説を読み進めながら、まるでギャラリーで好みの作家の個展を巡っているような感覚を覚えた。ひとつひとつの作品を愛でるように味わった。また一人、気になる作家に出会えたことがとても嬉しい。