青べか物語

黒テントの73回公演「青べか物語」を観た。

実に楽しい舞台だった。最近になって黒テントを観るようになった僕にとってはとても新鮮な演出。だが、次々と語り部を変えながらト書きを読んでいでいくスタイルは黒テントの伝統なのだそうだ。「物語る演劇」かあ。なるほどね〜。

まあそれにしても鄭義信さんの台本、演出は素晴らしかった。実に手際よく、テンポに緩急がある。胸が痛くなるような悲痛な場面。そこからぱっと切り替えて明るく解放される場面。ひとつひとつのシーン(エピソード)に明確な(演出上の)狙いとテンポがある。それが無理なく、心地よく繋がっていく。物語の深部に悲しみや寂しさを湛えつつ、突き抜けた明るさがある。逆に書いてもいい。はちゃめちゃに明るく、狂騒的なようでいて、その奥の奥に、生きて行くことにつきまとう、どうにも逃れようのない切なさが溢れている。(この明るさと裏表の切なさは、ポリフォニックな構成ということも含めて僕に強くガルシア・マルケスを連想させる。元の本もそうなんだろうけど、この演劇の世界観、僕の大好物だ!!)

複雑といえば複雑でもある構成を楽々と乗り切ってみせる役者陣もまた。なかでも斎藤晴彦さんをはじめとする3人のおじいちゃんたちは絶妙だった。斎藤さんの一人芝居のパートも爆笑だったけど、やっぱりあの船室のシーン、服部さんの純粋すぎる恋が語られるシーンはぐっときた。服部さんのあのサックスの音!!あれは響いたな〜。

それ以外の役者さんたちもね。特に女優陣の皆さま。これまでに黒テントの他の芝居で見覚えのある人も何人かいたけど、例外なく、今回の舞台が一番輝いてみえた。というか、脇にいるときには平凡で、容姿としても普通、というかまあ言ってしまえば下衆にしか見えない女性たちが、主役になった瞬間(エピソードごとに主役が入れ替わっていくので次々にいろいろな人が主役になるわけですが)とても輝いて、きれいに見える。つまりは、ひとひとりの人生が輝いて見えるってこと。これって役者たちの力でもあるだろうけど、演出の、いや演劇のマジックだよね。

エンターテインメント。まさにエンターテインメントだと思った。こういう舞台をもっと見たいと思った。映画でもなく、小説でもなく。演劇だからこそできる表現。演劇ってこんなに楽しいんだと、素直にそう思えた。

たぶんおれ、山本周五郎さんの原作も大好きだろうな。ぜひ読んでみたいと思います。


<追記>
観劇後に冒頭と最後にでてくる携帯少女がいる時代と、物語のメインになっている浦粕の話、それにエピローグ的に描かれる30年後の浦粕の話の時制はどうなってるんだっけという話になったんだけど、ごく素直に考えれば携帯少女だけが「今」の人で、彼女が30年前の小説である「青べか物語」を「読んで」いるという設定なんだろうな。で、深い喪失感に打ちのめされている彼女自身が物語の中に入り込んでいく、と。観た直後はもう少し整理しても、、、と思ったけど、いま思えばあれぐらい境界がぼやけていく感じでいいのかも。「震災」の絡め方についても観劇直後はどうかな、いるかなと思ったけど、「喪失感」という大きなテーマの中で考えると、少なくともこれまでに観た映画や演劇の中では一番説得力があったと思います。鄭義信さんの力量、かしらね。鄭義信の演出はぜひ黒テント以外でも観てみたいと思いました。