ウルフ・オブ・ウォールストリート

僕らがかつてロックスターに憧れたように、いまの子どもたちはウォール街の狼たちに憧れるのかもな。映画を観ながら最初に思ったのはそのことだった。

スコセッシは実在するウォール街の若き狼、ジョーダン・ベルフォードのハチャメチャな成功譚をハチャメチャな映画におさめてみせた。セックス。ドラッグ。パーティ。終わることのない乱痴気騒ぎ。そこにあるのはガキの頃の僕がぼんやりと憧れていたロックンロールの世界そのものだ(そうさ、隠さずに言おうじゃないないか、僕は酒とドラッグでぶっ飛びながら、とびきりのいい女たちとヤリまくるロックスターたちに憧れていたのさ!!)。

真面目な大人だったらしかめ面になってしまうそんな世界。もちろんそれを道徳的な批判の目で描くことも可能だろう。しかし名匠スコセッシはそんな野暮なことはしない。むしろ冒頭にも書いたように、子どもたちが観たら憧れてしまうに違いない、無軌道だけど抗い難い魅惑に満ちた世界として描かれている。それは表面的なことで実際は、、、とか言いたい人もいるだろう。しかしそんなご都合主義で映像を観てはいけない。社員を鼓舞するベルフォード(ディカプリオ)の圧倒的な弁舌を観よ。仲間を信頼し、それ以上に仲間に信頼される姿を観よ。オフィス全体にみなぎる活気と気迫。金も女も向こうから寄ってくる。力さえあれば成功できる。圧倒的な成功が古い道徳をねじ伏せていく。少なくともスコセッシはそう描いている。

もちろんベルフォードとて全能ではない。天才ゆえの孤独。それもまたこの映画の白眉だ。なかでも一番強烈に印象に残るシーンは、なんといっても終盤、ベルフォードとナオミ(マーゴット・ロビー)のベッドシーンだろう。アホみたいに腰をふるディカプリオの下でぴくりとも反応せず、ぼんやりと宙を眺めるナオミの圧倒的な無関心!!「ブルーバレンタイン」のベッドシーンも酷かったが、この映画のそれはまた格別だった。そう、恋愛の最悪の末路は嫌われることではない。関心をもたれなくなることなのだ。本当は誰にも愛されていないのではないかという恐怖。それが露見することへの恐怖。それもまた幾多のロックスターと共通するものだろうか。

しかしスコセッシは十二分にその惨めさを滲ませつつ、やっぱり金の亡者はいつかは破滅するんだよみたいな安直な勧善懲悪には帰着させない。なんとこのベルフォード、捕まった途端にあっさりと仲間を売り、自分の才能を活かす新たな道を発見し、勝ち続けてしまうのだ(それが原作、というか現実なんだから当然といえば当然なんだけど)。転落のはじまり、最初に捕まった社員は彼のために黙秘を貫き、会社を守ってくれたというのに。そのベルフォード自身は仲間たちをあっさりと裏切り、自分だけは成功者であり続けるのだ。ベルフォードはこれからも勝ち続けるのだろう。たとえどんなに嫌われても。たとえどんなに孤独であったとしても。そして、その生き様に憧れる人も、きっと後を絶たないことだろう。

これほど徹底的に悪辣な(つまりは映画的に魅力的な)キャラクターを久しぶりに観た。そしてこういう悪辣、俗物キャラをやらせたら、いまのディカプリオに勝てる役者はいないだろう。ジャンゴも凄かったけど、今回のディカプリオは、それをも凌駕している。悪辣映画の達人、マーティン・スコセッシとの幸せな出会い。今度こそ本当に彼がアカデミーを取るのかもしれないね。

とにかく映画としては抜群に楽しかった。3時間あっという間だった。ナオミを演じたマーゴット・ロビーの顔とかおっぱいとかお尻とか、なにもかもがとんでもなく美しかったことも特筆しておきたい。ディカプリオめ!!