レモン畑の吸血鬼

本屋さんで装丁にひとめぼれ。ジャケ買い。内容もとても好みだった。
カレン・ラッセルの圧倒的な想像力。しかし「妄想」の源には、圧倒的な知力、リサーチ力がある。日本人にとっては馴染みやすい「お国のための糸繰り」。「女工哀史」などで知られる明治時代の殖産興業、製紙工場における女性労働を下敷きにした奇譚だが、そのぶっ飛びつつもリアリティのある「語り」には、そこらの日本人よりも遥かに詳しく「明治」を調べ、理解していることが如実に現れている。歴代のアメリカ大統領がなぜか馬に転生し、厩(うまや)でダベりあう「任期終わりの厩」も楽しい(まさに「駄弁」なんだこれが!)。それぞれの大統領のキャラクター、業績、思想などなどをよくよくリサーチしているからこその「妄想」。その圧倒的な跳躍力に思わずこちらもニヤニヤしてしまう。
収められた8編の短編。どのお話もとても面白く興味深いのだが、なかでも表題作である「レモン畑の吸血鬼」、そして翻訳の松田青子さんも思い入れがあるという最後の2編「帰還兵」「エリック・ミューティスの墓なし人形」がとても好きだ。まさに皮付きのレモンのような、さわやかなようでいて、いつまでも舌に残る苦味。。
帯には「ここにあるのは21世紀の孤独。噛み付けば、味わえる。」という萩尾望都さんの言葉がある。松田青子さんは、あとがきを「カレン・ラッセルの作品に強く惹かれるのは、大胆不敵でありながら、同時に世界に対してとても真摯だからだ。小さな声を聞き逃さないからだ。」と結んでいる。どちらもほんとうにその通りだと思う。こんなにも知的で、切実で、とてつもなく切ない、僕が一番好きなタイプの作品。最初はやや読みにくいかもしれませんが、文学的にも強度があると思います。

レモン畑の吸血鬼

レモン畑の吸血鬼